ウィスキーの瓶を片手に池袋から富士山を目指し始めた十

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Photo by Stella de Smit on Unsplash

 

 喉に染み入る高濃度アルコールはえらく気分を薄っぺらい一枚岩の不敵なものへと変えさせた。鶏の煮込みから立ち上る湯気が鼻孔を通り、夜の繁華街のような空気の錯覚を味合わせる。

「歩いて行くの?」

「歩いて行く」

 わずかに彼の瞳の中に得体の知れない深い紺にも似た色が広がったのがわかったが、それはおそらく私自身が抱えている人生に対する想いに似ているのだと思った。通じ合えたのだと思う。ただしほんのわずかだ。

 目で見たウィスキーの氷を転がすという描写を頭の中に浮かばせながら、私は何も感じないウィスキーのグラスをゆっくりと回した。

「楽しいよ、きっと」

「やっちゃう」

 表面に張り付いた子供の笑みを肴にグラスを進めていく。やがて二人の間にはボトルが置かれ、それを分け合いながら飲んでいく。

彼の舞台の話や、なんの責任もかぶらない誰彼の話題を適当に吐き散らしながら飲んで食べた。

 後輩や他の同僚も呼び、少ないながらも小さな宴会のような様相を催した形になり、場所を彼の家へと移した。