ウィスキーの瓶を片手に池袋から富士山を目指し始めた八

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Photo by Mathew Schwartz on Unsplash

 

 お店に入ってまず感じるのは、壁に染みついた焼き鳥の煙と衛生環境にわずかに気を遣った漂白剤の塩素の匂いだ。後者に関してはおそらく働いているときの感覚を脳が覚えているのであろう、ほのかに感じるだけで、すぐに記憶の奥へと消えていった。

「どうも、いらっしゃいませ」

 印象に残っているのは、ディズニーのキャラクターにでも登場しそうな大きな体格にパツンパツンの白シャツを纏った店長だ。しかし時に店長は半年で転勤し、今は細身の神経を五重に守らなければ生きていけないような気が弱そうな顔をした店長がこの店にはいる。その店長が少しはにかみながら出迎えてくれる。

 言わずもがな、スタッフが自店に飲みに来れば、ただそれだけで身内のネタとなり、笑いの要素など一切なくても半笑いか引き笑いか、それとも呆れに呆れた果ての笑いかが返ってくるもの。ここでは半笑いが返ってきた。

 どうしたの、とも言われないのは、たまに飲みに来ていたからだ。愛着をこじらせれば、堕落を酒で塗り潰しに使うようになる。その本質は愛が着くのではなく、愛を求めに来ているのだ。

 真実、自分が働く居酒屋なんてどうでもいいのに、こうして来ていることがそれを否定させる。否定こそ愛なのかもしれない。

「ロック、ダブルで」

 ポッケにしまった酒瓶が共鳴するように揺れた。