南へ。

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Photo by JOHN TOWNER on Unsplash

 

夕陽が二つに伸びた稜線の間へと沈んでゆく頃、走り慣れたアスファルトの上でどこか、ここではない場所へ行きたいと思いつきました。

家の鉄扉を開け、玄関すぐの階段をのぼると、自分の部屋へ荷物を置き何ももたずに歩き出しました。

南へと歩く。

携帯も財布も持たない。身に纏う白のウィンドブレーカーと首に巻いたタオルだけ。体が驚くほどに軽かった。

やがて山は太陽から閉ざされ、星明かりの下を獣の声を聞いては走りました。

4時間も走れば膝は笑い、息は切れ、アスファルトのゴツゴツとした質感が目の前にグッと迫るようになりました。

10月の冷たい風を無人のバスターミナルの待合室の固い椅子で横になって凌ぎ、無音の声に「行かねば」と急き立てられながら、重たい頭を振り、ゆっくりとと歩き出しました。

雨も降り始め、裾はずっと重くなり、タオルも形だけの布となりました。風も強くなり、知らない土地へきたことを叱るような雨風に、自分を生んだ親の事を思いました。

道中、友の顔や心配が、なにも浮かばず、疲れても疲れても足は止められませんでした。

やがて視界が幕を引くように開け、本能が『ここで終わり』と足の裏の感覚を通じて私に教えてくれました。

真っ暗な海でした。

棒になった二本の足と、氷のように冷えたタオル。そして、この先行ってはならぬ、と伝えるかのように荒々しく地鳴りのように大地を揺らす風が、海から陸へと吹きつけていました。

砂利まみれの段ボールで風を防ぎ、屋根付きのベンチで雨を凌ぎました。ただ風は強く横殴りで全身の熱が奪われ、寒さで眠っては寒さで目を覚ますことを10分起きに繰り返しました。それも限界にきた頃、「帰ろう」ときた道を引き返しました。途中、私は倒れました。

16時間、60kmの道のりでした。