西へ歩く

 

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Photo by Monty Allen on Unsplash

 

アスファルトからの照り返しで景色がゆがむにはまだ早い頃、ひょうきんな相棒を片手にこれから長い旅路をゆこうと道の上に立っていた。季節はまだ暑さの絶頂を迎えてはなかったが、すでに私の視界としては、ゆらゆらと行く先が揺れているように見えた。道の先には、見たこともない景色が広がっている。そう願ってやまない。

 

富士山へ行く。池袋から歩いて。

 

作務衣ひとつにサンダルの格好。片手にはコンビニで買える180mlのポケット瓶を右手の人差し指と中指の間に挟みぶら下げている。

 

友人の家を後にして歩き出した足は、家に寄ることなくコンビニによるような勢いで西へと歩みを進める。富士山までおよそ150km。ただ西へ行くことのみを考えて私は歩き出した。このとき、私は携帯を持っていなかった。あるのはわずかな頼りとして持った1万円の紙幣のみである。

 

富士山へ行こう。この有給休暇を消化するにはそれしかない。

私はそう思った。

 

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申請書に申請月と本来出勤するはずだった日付に丸をつけ、記名が必要な箇所に名前を書いてそれから申請する理由を書き込んだ。理由はたしか、『就職活動のため』と書いた気がする。お店に導入されている業務用のプリンターから印刷された『有給申請書』のインクは、7年勤めた記憶と経験によって積み重ねてきた分、特別な枠組みに見えた。

 

文字を書く手は、少したどたどしかったかもしれない。社会保険に加入してから4年は時が経った。有給申請なんてものをとるのはここ最近の出来事のように思う。これまで働いてきて関わったどの先輩も、そのような仕組みについては使っているのを見たことがなかった。巷できく有給申請なんて言葉は、自分たちアルバイトとは全く関係ない出来事だと思った。

 

ただここ最近、社会保険に加入するアルバイトが増える中、年月が過ぎれば自分たちの持つ有給申請の日数が繰り越されることなく、消滅するというのを聞いて以降、アルバイトの間でも有給を積極的に使っていこうという話になったのだ。

 

 

西へ歩く、その2へ。